温かいメール

Categories: その他 — 2010年7月13日 14時56分
***以下、いただいたメール転載(個人情報に関わる部分は一部伏せ字にて対応)*******
 
有難うございました。本日7月12日受け取りました。
すぐ、駅長さんの「駅が無くなった日」の文章を読みました。
なみだいっぱいで、読みました。きっと、父も一緒に読んだのだと思います。
私の父は、国鉄の信号畑で、岩見沢をはじめ、道内を転々としました。
そして、わたくしは、○○年、岩見沢市○○でうまれています。
なので、3代目の駅舎を、亡き父は知っています。
生後、まもなく、旭川に転居していますので、私自身は、岩見沢の記憶は無いのですが、いつか、岩見沢にも行きたいと思ってもおりました。ぜひ、岩見沢駅に降り立ちたいです。
このたび、岩見沢駅舎の設計者の講演会の開催を知り、ぜひと思い、申し込みましたところ、幸い講演を聞くことが出来、この本のことをしりました。ほんとうにラッキーでした。
レンガプロジェクトとしては、この本以外、何が続いていますか? 
今でも、遠方から参加できるものはありますか?
****以上転載終了**************
 
この度、東京よりネットショッピングにて記念誌を購入していただいた方より、この様な温かいメールをいただきました。

 
実は刻印レンガのお申し込みをいただいた皆様も、この様に「父が岩見沢駅で勤めてました」とか「父が通っていた岩見沢駅!いつか自分も行ってみたいです。」等々のエピソードが多く記載されています。 (お時間があればこちらの《レンがを見る》をクリックして一つ一つマウスをあてて見てください。)
 
過去、東北以北最大の操車場を持つ鉄道の街だった岩見沢。
だから、今回購入していただいた東京のH様の様に、父親が国鉄職員で岩見沢駅に勤めていたという方がもの凄く沢山いらっしゃいました。
 
何を隠そう、私自身、小学生の頃は同級生に国鉄職員の息子さんがかなり多くいました。
もちろん、今はその面影を見ることはなかなかできませんが、この街が歩んできた記憶が垣間見る事ができます。
 
H様のメールの一番最後に「レンがプロジェクトとしては、この本以外、何が続いていますか?今からでも、遠方から参加できるものはありますか?」という一文がありました。
 
今現在は記念誌の販売のみで留まっておりますが、これから先の活動のためにスプリングを縮めているような段階です。
 
今はまだ、公に宣伝する訳にはいかないのですが、必ず次のプロジェクトがスタートします。 それは、50年後、100年後の岩見沢を形作る事ができるプロジェクトになると考えています。
是非ともその時はお力沿えのほど、宜しくお願い申し上げます。
 
 
《岩見沢レンガプロジェクト 代表 平野義文》
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